TUNA SCOPE

REPORT

開発「TUNA SCOPE」〜匠の目利きをAIに託す〜

ISSUED : 2020.4.24

日本の匠が持つ技術をAIに実装するという革新的な取り組みでたちまち注目を浴び、世界三大広告賞の一つであるクリオアワードのイノベーション部門をはじめ、国内外における数々の賞を受賞しているプロジェクトがあります。

マグロの「目利き」職人の技を受け継いだ、品質判定AI「TUNA SCOPE」。

今回は「TUNA SCOPE」プロジェクトのリーダーであり、クリエーティブ・ディレクターの志村和広氏に、そのアイデアの裏側にある開発の経緯や今後の展望について聞きました。

日常での気づきが、プロジェクト発足のきっかけに

-「TUNA SCOPE」はどのような技術なのでしょうか。

テレビ番組などで、市場で仲買人がマグロの尻尾の切り口を見て何かを確認している光景を見たことはありませんか?彼ら、熟練の職人たちは「マグロの尾部断面」を見て、マグロの品質を判断しています。この技術は、長い年の経験と、それに基づく直感によるもので、限られた人間にしかできない極めて感覚的な「暗黙知」です。

この目利きの技術を継承したAIが、我々が開発した「TUNA SCOPE」です。TUNA SCOPEがインストールされたスマートフォンでマグロの尻尾の断面を撮影すると、誰でも簡単にマグロの品質を判定できるようになります。

 

-「TUNA SCOPE」が生まれた経緯を教えてください。

僕はもともと魚が好きで、スーパーでマグロの刺身をよく購入するのですが、物によっては「思ったよりおいしくないな」と感じることがありました。「同じような見た目、同じ金額なのに、当たり外れがあるのをなんとかできないだろうか」、と思ったちょうど同じ頃、築地市場が豊洲に移転するニュースがテレビで流れていて、そこでマグロの目利きをする仲買人を見て、このアイデアを思いついたのです。

市場では何十年という長い経験を持つ仲買人による「尾の断面」の目視によってマグロが値付けされていく。しかし調べてみると、仲買人は後継者不足に悩まされ、この貴重な目利きの職能を持つ人材は減少してしまっている。そこでこの仲買人の能力を AI に託せないかと閃いた。AI であれば職人の直感を学習し、最低10 年はかかると言われている修行をあっという間に終わらせることができる。この目利きAIを、一般のマグロにも広く普及させれば、みんながマグロを美味しく食ベられるのではないか、と考えました。

また、職人へのインタビューを通じてわかってきたのは、この能力は「暗黙知」で極めて感覚的なものであるということ。もしどこを見ているか言語化できれば、マニュアル化して新人に覚えさせたり、プログラム化してソフトに落とし込むこともできますが、この目利きの技術は言語化しづらい直感的なものなのだったのです。これはなおさら面白い。何十年もの間、毎日のようにマグロの尻尾を見続けることによって培われる、その貴重な技術を保存するためにも、AIに学習させる意義があると考えました。

限られた職人が持つ技術をAI化して、幅広く普及させ、私たちが日常生活の食べているマグロにその価値を導入できないか。その構想と自分の想いを電通社内で発表したところ、正式にプロジェクト発足となりました。電通のクリエイティブと、技術に強いISIDでチームをつくりました。

たった1カ月で、職人の10年以上の経験に相当するマグロの目利きを学習

ー開発の中で、特にどのようなことに苦労しましたか。

マグロの尻尾の断面画像を集めることです。職人の20年、30年分の修業をAIに学習させるには、膨大なサンプルデータが必要でしたが、彼らが日々マグロを見極めている水産市場は、職人以外の人間が容易に足を踏み入れることのできる現場ではありません。そこで、マグロのデータを多数保有しているところはどこか、考えをシフトしました。そして巡り合ったのが、世界でマグロビジネスを展開する総合商社・双日です。

三崎港で集めたマグロのデータをもとにアプリケーションのプロトタイプを制作し、それを持って相談に行きました。プロジェクトの概要を説明すると、双日さんも、目利きの精度の個人差・買い付けの際の当たり外れなどのビジネス上の課題を抱えていることが分かりました。「TUNA SCOPE」がある世界では、誰が目利きを行っても一定基準を満たした高品質のマグロを安定的に供給できます。両社の想いが合致して、プロジェクトに参画してもらうことになりました。

双日さんの協力を得たことで、4,000点ものキハダマグロのサンプルデータを集めることができました。そのサンプルの断面をスマートフォンのカメラでひたすら撮影し、職人の判定結果と照合。それらをセットにして、AIに読み込ませます。そしてたった1カ月で、職人が1日1体のマグロを見ると換算すると10年以上の修業に相当する量を学習させることに成功しました。

開発したAIをスマートフォンに実装し検証した結果、その道35年の職人による判定結果と比較して、約85%の一致率という精度を実現したのです。直近では、熟練の職人が高品質と判定したマグロを、90%を超える確率で「美味しい」と言い当てるまでになりました。

 

-「TUNA SCOPE」が最高品質だと判定したマグロを、「AIマグロ」として販売し、実地調査も行ったそうですね。

2019年3月、東京駅の「産直グルメ回転ずし 函太郎Tokyo」で、TUNA SCOPEが最高ランクとして判定したマグロを「AIマグロ」(280円・税抜)として通常メニューに加えてもらい、販売しました。結果的に、5日間で約1000皿を売り切り、調査の結果、約90%のお客様から同じ価格帯のマグロよりおいしいというアンケート結果を得ることができました。お客様から「いつものマグロより実際に美味しい」、「このAIが導入されると、期待通りマグロをおいしく食べられるというのはとても嬉しいし、安心できる」という声をいただいたことが印象的でした。

2020年、TUNA SCOPE マグロ、世界展開へ

-プロジェクトの今後の展望を教えてください。

今後の具体的な展開としては、1月からTUNA SCOPEによるAI品質判定を行ったマグロが、ニューヨークとシンガポールでの提供が開始されました。

さらに3月には、プロジェクトが水産庁の「水産物輸出拡大連携推進事業」に認定されました。2020年は、水産庁の支援を受け、AIによる品質判定を受けた高品質なマグロを世界中に輸出していくための準備を進めています。

私は、このTUNA SCOPEが世界に拡がっていくことには、さまざまな面で重要な価値があると考えています。一つ目は、世界中どこでも、誰もが美味しいマグロを食べられるようになるからです。世界には、日本の職人のように長い人生をかけてマグロを見続けてきたプロの目利きの職人はいません。よって、日本ほどレベルの高い品質判定を通さず、人々の食卓にマグロが届けられているのが現状です。しかし、AIにより、世界中に日本の職人の能力を拡げていくことで、世界中の人たちが日本の目利きが入った美味しいマグロを食べることができるようになります。これは、日本人としても嬉しいことです。

また、もう一つの理由は「TUNA SCOPE」は、世界的な課題である「マグロの資源問題」の解決にも役立つのではないかと考えているからです。

私たちが日常生活で食べる普通のマグロは、主に重さや量で取引されています。ゆえに乱獲で問題となる漁では「量」を重視し、たくさんの数を獲るために幼魚も含めて群れをまとめて大量捕獲しています。さらに、一度にまとめて捕獲された魚は網の中で暴れまわるため、体温の上昇で身がヤケてしまったり、魚体に傷がついたり、なかには死んでしまうこともあります。その結果、著しく鮮度が落ちてしまうのです。

「TUNA SCOPE」を導入し、世界共通の品質基準をつくり、判定する仕組みをつくることができれば、獲り手側の意識を「質」重視に変えていくことができるだろうと考えています。大量に捕獲するよりも、マグロの品質、鮮度を保つために1体ずつ丁寧に獲ろうとする獲り手が増えていくでしょう。丁寧にマグロを獲る漁船のマグロが市場で評価され、みんながおいしいマグロを食べることができ、資源も安定することにつながっていく。人も資源もビジネスも、Win-Winの関係を築けるのではないでしょうか。

TUNA SCOPEのプロジェクトの始まりは個人の想いでしたが、それが拡大し、今では社会の課題を解決する可能性を持った事業へと拡大しつつあります。今後はこのプロジェクトで得られたノウハウを活用することで、匠の技をAIの力で継承する活動として、水産業はもちろん、他のさまざまな分野にまで拡大していきたいと思っています。

TUNA SCOPE:https://tuna-scope.com/jp/

リリース:https://www.dentsu.co.jp/news/release/2020/0424-010044.html

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